大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所松江支部 昭和27年(ネ)97号 判決 1958年5月30日

控訴人 原告 住田亀市

訴訟代理人 上原隼人

被控訴人 被告 中村義雄

訴訟代理人 武井正雄 外一名

主文

原判決を左のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対して金二二、九四〇円およびこれに対する昭和二六年一月一三日から支払のすむまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを十分し、その九を控訴人その一を被控訴人の負担とする。

この判決は控訴人勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す、被控訴人は控訴人に対し金七〇万円およびこれに対する昭和二六年一月一三日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠関係は左記のほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

控訴代理人は、甲第一号証を甲第一号証の一と訂正し、あらたに同号証の二、三、同第一八号証の三、同第二七ないし第三一号証を提出し、当審における証人岩崎毅、吉岡忠治、住田でんの各証言、控訴人本人尋問の結果および鑑定人田原顕二の鑑定の結果を援用し、被控訴代理人は、右甲号各証の成立を認めた。

理由

控訴人は被控訴人の放火により昭和二三年一一月九日控訴人所有の住宅を家財もろともに失したほか、昭和二四年七月五日控訴人方土蔵の西側にあつた積わら三千把をも失つたと主張するけれども、これを確認するに足る証拠は一もない。すなわち成立に争のない甲第二〇号証(第一回供述調書)によれば、被控訴人は後記放火事件につき被疑者として取調をうけた際司法警察員に対し「約十年以前より今日迄数回に亘つて人さんの母屋や長屋や風呂場等に火をつけて大変迷惑をおかけ致しましたことがありますのでその顛末を詳しく申しあげます」と述べているけれども、その動機を語つているだけで放火のてん末の供述記載なく、ただその末尾に「以上の通りでありますが、先程申上げました様にこの外に住田君(控訴人)の母屋を一昨年(昭和二三年)の十一月頃にやはり放火して居りますし其の他昭和十四年頃より数回放火して居りますので其の点は次の機会に詳しく申上げます」とあり、その第二回供述調書である甲第二一号証によれば、右の如く次の機会に本件放火等について供述すべきはずであるのに、ただ「私(被控訴人)は本件(後記放火事件)の外約十年程前から十回位私の部落の住田亀市(控訴人)中村福三、中村季一郎、仲田薫八、岡村源吉、上田広作等の家に火を点けて居ります誠に申訳ない事をして居りますが、私が斯様な事をする様になりました動機は云々)と述べ、また「住田亀市の家には四回火をつけて一回全焼したことがあります。今度本月の十四日に火をつけましたのは云々」といつて後記放火に言及しているのであるが、控訴人主張の前記二回の放火については具体的に何処え、如何なる方法によつて放火したのか供述していないのでこれを以て直ちに控訴人主張の如く右二回の放火についても控訴人主張の如く後記放火事件の取調に際し逐一被控訴人の自白があつたものと速断することはできない。そして控訴人の被害に関する限り前記住宅の全焼が最も大きく、しかもこの全焼から二年も経つていないにかかわらず、右自供に基いて新に捜査が進められたことを認める証拠がないことと成立に争のない甲第二八号証により明らかな後記放火事件についても第一審では被控訴人の自白を措信しないで無罪の判決をした事実とをあわせ考えれば、右二回の放火事件の新な捜査にあたつては既に証拠が散逸してこれを進めることが困難であつたろうこと、および右第一審判決は第二審で破毀され有罪の言渡があつたことなどを顧慮してもなお前記甲第二〇、二一号証は前記二回の放火の事実までも認定する資料となし難い。

控訴人提出のその他の関係証拠も被控訴人が放火したのかもしれないとの心証を生ぜしめるだけであつて、これらの資料と前記甲第二〇、二一号証とを綜合して検討してみても被控訴人の右二回の放火につき確信を得るにいたらないのである。もつとも控訴人は被控訴人が控訴人に対して三回の放火に対して陳謝したと主張し原審における各当事者本人尋問の結果によれば後記放火事件の取調の際、被控訴人は検察官の面前で謝罪したことが認められるけれどもそれは右取調中の放火事件についてしたものであつて、それより以前にしたという前記二回の放火についてまでも謝罪したものとは認め難いので右謝罪の事実があつたからといつて直ちに被控訴人が控訴人に対して従前の放火を認めていたものということはできない。したがつてこれら二回の火災により控訴人の受けた損害を被控訴人の放火によるものとして同人にその賠償を命じることはできない。

次に昭和二五年六月一四日控訴人の土蔵が火災にあい、別紙目録記載の物件が焼失したことは当事者間に争なく、これが被控訴人の放火によるものであること、すなわち被控訴人は同日午前一時頃右土蔵の近くにあつた古菰をその庇の腕木にかけ、所携のマツチでこれに点火して右物件を焼失するにいたらしめたことは前記甲第二〇、二一号証、成立に争のない甲第六ないし第一五号証、同第一六ないし第一九号証の各一、二、同第二七ないし第三一号証、原審証人山崎広義、大田磯雄、中村澄子、住田でん、亀山一、生田春昭、南川光代、住田久男、櫃田一二、谷口豊治、当審証人岩崎毅の各証言、原審および当審における控訴人本人尋問の結果ならびに原審検証の結果により明らかであつて、右認定に反する被控訴人本人の原審における供述部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると被控訴人は控訴人に対し右放火によつて控訴人に与えた損害を賠償すべきことはもちろんであるからその数額について判断する。

原審における控訴人本人の供述、原審および当審証人吉田忠治の証言ならびにこれらの証拠により真正に成立したものと認められる甲第二六号証を総合すれば右損害額は控訴人主張のとおりであることが認められる。

さらに控訴人は本件放火により精神上多大の打撃を受けたのでこれが慰藉料を請求するのでその当否について検討する。

前顕甲第八号証、山崎広義、中村澄子、住田でん、亀山一、生田春昭、谷口豊治、原審証人上田広作、岡村源左衛門、清水敏男、中村季一郎、中村裕三、瀬田勝治、中田正治、当審証人岩崎毅の各証言に前顕控訴人本人尋問の結果を綜合すれば、控訴人居住の中石見部落では昭和一三年頃から原因不明の火災がたびたびあり、殊に控訴人方では昭和一三年頃居宅土蔵裏にあつた木小屋が焼けたことがあり、その後前記の如く昭和二三年一一月には居宅が全焼しその原因も不明のうち、翌年七月には居宅西側の積藁が不審火にかかり、さらに昭和二五年六月に本件放火の厄にあつたもので、殊に昭和二三年一一月控訴人居宅が全焼後は部落民が火災を非常に恐れていたことが認められる。被害者である控訴人においてはなおさらのことであつて、同部落に住む被控訴人がかような事情を知らないはずはないものと解せられるにかかわらず本件放火を敢行したことは、控訴人に対し非常な精神的打撃を与えたことを察知するに難くない。そしてかような打撃は放火による財産上の損害賠償を受けたからといつて治癒さるべくもないことはいうまでもないところであつて被控訴人は如上認定の諸般の事情からして控訴人がかような苦痛を受けることを予見したかまたはこれを予見し得べかりし情況にあつたものと解するのを相当とする。被控訴人提出の証拠資料によつては如上認定を左右することはできない。よつて被控訴人は控訴人に対し右慰藉料支払の責に任ずべきであつて、その額は前記被害の程度等を考えて金一万円を相当とする。

以上の理由により控訴人の本訴請求中金二二、九四〇円およびこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和二六年一月一三日から支払ずみにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当としてこれを認容すべきもその余は失当としてこれを棄却すべきである。

よつて原判決はこれを変更すべきものとし、民事訴訟法九六条九二条一九六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三宅芳郎 裁判官 藤田哲夫 裁判官 竹島義郎)

別紙<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例